ATERA PEOPLE 03

難しくても「やる」って楽しい

大多喜で活躍する男性保育士の先生たち

 大多喜町には3人の男性保育士がいる。みつば保育園に勤務する岡田陽馬先生と中村文則先生、つぐみの森保育園に勤務する松嵜正洋先生。運動会や発表会は園児に負けず劣らず大活躍。時にかぶり物をして、全身タイツを身につけ、顔を白塗りにして、踊り、歌い、盛り上げる。みんな先生が大好きだ。3人が主催するサッカー教室がこの春、2年目を迎えた。週末の放課後に1時間、みつば保育園年長組の子どもたちと一緒にボールを追って園庭を駆ける。



体を動かす楽しみを伝える「サッカー教室」 

 そもそもの発起人は岡田先生。出身も住まいも町外で、保育園までは1時間以上かけて通勤している。もともと県内都市部の保育園で働いていたが「自然環境が豊かな田舎で保育がしたい」と、大多喜勤務を選んだ。「毎日野山を駆け回って自然に鍛えられた子どもたちの運動能力」への興味は大きかった。「町の子は到底叶わないんだろうなって思ってました」。期待は思いのほかあっさり覆される。「あれ、思ったより動けないみたいだぞと。自然はすぐそこにあるのに遊び方を知らないような、野山がただの風景になってしまっているような感じがしました。子どもが安心して自由に遊べるような環境づくりと意識づけが、田舎にこそ必要なのかもと思い始めたんです」
 そのために自分にできることは何かとを考え、最初の一歩として「サッカー教室」を提案した。自分も大好きなサッカーなら、その難しさもおもしろさも体が知っている。「もともと運動を教えるのが好きなんです。でも体育の先生になろうとは思わなかった。体を動かす場面だけを見て指導しても意味がないと思ったんです。もっと生活全般で子どもと関わりたくて保育士になりました」



「できるようになりたい」と思う気持ちを育てたい

 金曜日、午後4時。思い思いに遊んでいた園児たちが先生のもとに集合した。出欠確認をしたら、まずは園庭を歩いて一周するウォーミングアップ。楽し気に笑いながら、話しながら。でも列を離れたりふざけて違うことをする子はいない。理由は子どもの顔を見れば明らかだ。だって、みんな早く先生とサッカーがしたくてワクワクしているから。
 次は準備体操。岡田先生の笛の合図で屈伸、伸脚、前屈、ジャンプなどのストレッチをする。さらに赤いコーンを立ててダッシュの練習。合図のたびに方向を変えて走る、決まった動きをした後で走るなどの難しいアレンジがどんどん加わるが、子どもたちは先生の見本を見て一生懸命真似をしながら嬉しそうについていく。
「サッカーは全身運動です。足でボールを操るのって慣れるまではすごく難しいし、ルールも複雑で覚えなきゃいけないことがたくさんある。でも、そこがいいんですよ。子どもにとっては体を規則的に動かすことが新鮮だから、ゲーム感覚で楽しめる。目的はサッカーがうまくなることじゃないんです。できなくてもできるようになりたいと思ってトライすること。それと自分の体を動かすのを楽しいと思えることです」



自分で生きる、自分で暮らす、そのための根っこをつくる

 鬼ごっこのような遊びの要素を交えたダッシュを終え、いよいよサッカーボールの登場だ。それぞれがボールを持ち、自由にドリブルとシュートの練習をしている。1対1で一緒に遊んでいる子、先生が持っているボールをとろうと挑戦する子、コートの端から端までをドリブルでずっと走っている子、みんなさまざまだ。
 と、ひとりの男の子が輪を離れて園庭の隅へ駆け出した。砂山に上って遊んでいる。中村先生があとを追った。なにか話をしながら一緒にこちらへ帰ってくる。と思うとまた逃げた。先生はまた追いかける。やがてふたりとも笑いながら、男の子は先生に背中に抱きかかえられて戻ってきた。満足したのだろう、何もなかったように再びボールを追って駆け出す。子どもと先生が信頼しあっていること。それは親にとってどれだけ心強く安心できることだろうか。
 中村先生は夷隅郡で初めて男性保育士になった人だ。大多喜町出身在住の働くお父さん。20代でいったん地元を離れたが、保育士の資格を取るために必要な実習を大多喜で受けたのを機にUターンした。「保育園での記憶って後々そんなに残らないかもしれない。でもそれでいいと思っています。ここは人間の根っこを育てるところだと思うし、だからこそ僕は保育園で働きたいと思ったし。どの子もみんな自分らしく、くじけず進む力を身につけてほしいですね。それにはまず生活をちゃんとすること。サッカーで思いっきり体を動かしたら、よく食べてよく寝る。そういう循環を少しでもつくっていければ、大人になった時に自分で生活をしていく力になるから」



興味を広げるきっかけと、新しい世界に出会う楽しさ

 ミニゲームが始まった。どちらかがワンゴール決めたら勝ちの入れ替え制。チームに分かれて対戦し、自分の順番が来るまではほかのゲームを見ている。先生は審判として参加しているのでゲームには加わらないし、指示も必要最低限しかしない。自分で考えて動くのだ。子どもたちの瞳に集中力が宿る。走る。蹴る。また、走る。
 最後は先生も混じって総動員の紅白戦。ボールは2つ。どちらかに気をとられているとあっという間にもうひとつのボールがゴール前に飛んでくる。ゴール前に壁を作ってガードしたり、団子状態から抜け出してシュートしたり。頭も体もしっかり「サッカー」になっているからすごい。ともするとボールになかなか触れない女の子もいるが、そこにパスを出すのが松嵜先生だ。その子の次の動きを見ながらサポートする。「あのね、今、できたよ!」と報告にくる子の話をしっかり聞く。
 今春、つぐみの森保育園に移動になった。教室ではオルガンではなくギターでわらべ歌を弾く。通勤はハーレー。アウトドアやキャンプも大好きで「県民の森に住んでいる」という説明を子どもたちは半分以上まじめに信じている。「好きなものはいっぱいあるんですけど、別にどれもうまくはないというか(笑)。でもギターにしろユンボにしろパラグライダーにしろ、子どもに『こんな世界があるんだぜ』って実物を見せるとすごく喜んでくれるんですよね。だからやっといてよかったなって感じ(笑)。保育士という身近な大人のひとりとして、子どものさまざまな興味を引き出すきっかけをつくれれば嬉しいです」



子どもたちの未来へ贈る「大人の背中」

 この取材は2015年の12月に行った。写真の子どもたちはサッカー教室の第一期生で、今は小学校1年生だ(2016年6月現在)。ひとつ年下の年中組の園児たちは当時、お兄さんお姉さんを憧れの眼差しで見つめていた。年度が替わり、今年は自分たちの番だと張り切っている。参加申し込みは昨年度の26名から34名に増えた。保護者からの評判もすこぶるいい。
 身体能力を鍛えられる、友達と一緒にプレイできる、普段から一緒に過ごす馴染みの先生から指導を受けられる、費用は無料など、本当にいいことづくし。でも一番大きな魅力は、実はそこではないように感じる。ならば何か。それはこのサッカー教室が、真剣に、夢中で、楽しく、遊ぶように仕事をする大人の背中を、子どもがしっかりと見つめられる体験になっていることだと思う。ここでともに過ごした先生たちの働く姿。それはきっと子どもたちが未来に持っていく宝物のひとつになる。

岡田陽馬/中村文則/松嵜正洋

サッカー教室はみつば保育園にて毎週金曜日16時~17時に開催(雨天時・冬期を除く)。対象はみつば保育園年長組の園児。今後はつぐみの森保育園の園児、年中組以下の園児の参加も検討している。
大多喜町船子838-2
0470-82-5530

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