ATERA PEOPLE 02

「いいとこだよ」ってことかな

半世紀の重みと軽み

「久我原、うーん、川に包まれてるんじゃねえかな。周り中が川だ(笑)」
 10代後半に家を出た。東京へと向かう。21歳までの5年間。時間に追われるような日々。瞬く間に過ぎ去った。「大多喜に帰ろう」──以来、故郷・久我原で暮らしている。
 子供の頃、鯉を釣ったこともある川。都会とは違う時間が流れる。鯉は今もいるのだろうか。中断を挟み、半世紀。暮らしの中で蓄えてきた知恵は重い。だが、それを使いこなす手さばき、足さばきはどこまでも軽やかだ。

 





一番うまいのは味噌汁だな

 たけのこ。大多喜を代表する名産品の一つだ。春の訪れを知らせてくれる。だが、本当の初物は前の年の暮れに顔を出している。味はどうなのだろう。
「まあ、香りだけだね。やっぱり4月ぐらいの時期が一番うまいんじゃねえか」
 大多喜のたけのこは「あくがない」とよく言われる。獲れたてをできるだけ早く茹でなければならない。あくがない分、作業はしやすい。ビギナー向きだ。
 山を知る達人はどう食べるのだろう。
「天ぷらにしたり、刺身で食ったり、煮物にしたり、炊き込みごはんにしたり。でも、味噌汁が一番おいしんじゃない。私は酒飲みながら味噌汁飲むから」
 味噌汁には何かコツがあるのか。
「ないないない」
 今年は少々変調があった。
「孫に人気だったのがきんぴらだね。ごぼうのきんぴら風。ラー油は使わず、ごま油で。孫にはえらい受けたよ(笑)」



「緑」で食いたい

「山菜マイスター」──岩瀬さんのお話をうかがっていると、そんな称号を進呈したくなる。本人にそれを伝えてみた。
「……?」
 岩瀬さんにとって普段着の暮らし。大多喜の外からそれがどう見えるかにはあまり関心がなさそうだ。
 大多喜は山菜も豊富に採れる。うまいものをうまく食す手立てを聞いてみる。
「わらびかな。一本漬で食べるとおいしいんじゃない」
 一本漬の心とは。
「わらびをそのまま一本、長いまんま、漬物みたいに漬ける。成りのまま(そのまま)、ぼりぼり食べる。うまいねえ。みんなに人気だね(笑)」
 ぜんまいはどうなのだろう。
「採れるけど。ぜんまいは面倒臭くてやらない。綿取ったりが大変だから」
 できること、できないことの見極めも大事だ。
「これからはせりかな。おひたしで食べるとうまいよね」
 ふきのとうのうまい食べ方。ここに「達人」の片鱗を見た。
「ふきみそだね。いや、別に。みんなと同じだけど。私は白胡麻を入れているというだけかな。『緑』で食いたいっていうのがあるんだ」
 白胡麻を加えると、ふきのとうの「緑」はより映える。

俺はそうやって食うから

 大多喜の人々は魚も好きだ。今でも勝浦、御宿、大原へは車で30分。交通の要衝であった城下町へは海産物を運ぶ行商ルートも古くから開かれてきた。
「魚は時期のもんだからね」
 旬を知り、逃さない。自然の恵みをいただく上で大事な姿勢がうかがえる。
「今は何が上がってるんだろう。この間、金目が上がってたな」
 金目鯛といえば、煮付けか。
「うん。それか、しゃぶしゃぶだね。刺身風に切っといて、ポン酢で食べる」
 大多喜では一般的な料理なのだろうか。
「いやあ、それはどうだろうね。俺はそうやって食うから。うん」
 海の幸、山の幸をつつきながら、晩酌が進む。1日の疲れを癒すひととき。
「日本酒かウイスキーだね。お酒はお燗して。ウイスキーはロック。量? 結構飲んじゃうねえ(笑)」



「恐竜のおじちゃんちに行く」

 恐竜がいる。そんな庭に住む人はそうそういない。岩瀬さんのお手製だ。
「子供と乗って遊んだらいいんじゃねえかと思って。平成7年ぐらいに造ったのかな。平成3年にせがれが生まれて保育園に入ってるから。鉄筋は人に頼んで組んでもらった。周りにコンクリートを塗っただけだね」
 さらっと言うが、たやすい作業ではないだろう。
「1年。結構かかったな、あれも。暇なときしかやんねえからね(笑)。こつこつこつこつやっていったから。完成したら、保育園にあげようと思ってたんだけど。(統廃合で)保育園がなくなっちゃったから。せがれも卒業しちゃったしね。だから、うちに置きっぱなしにしてある」

 息子さんの友達が大勢遊びにやってきたという。恐竜の人気は絶大だった。
「『恐竜の家のおじちゃんちに行く』っていってね(笑)」
 今ではお孫さんが遊んでいる。
「うん、この間乗せてやった」
 子供たちの嬌声が庭にまた響く日も近い。







楽しいってことはねえなあ

 このところ、金魚に凝っている。
「9年かなあ。もっとたつかもしれねえけどな」
 らんちゅう。岩瀬さんが飼っているのは和金から改良された背びれのない種だ。頭にこぶがある。ずんぐりした形に特徴がある。
「玄関に五つ、表に十ぐらいいるのかな。大変ですよ。病気になることもあるからね。楽しみ? 楽しいってことはねえなあ(笑)。趣味だな」
 趣味とは、ただ楽しいだけのことではない。


 半世紀住む大多喜の地。どんなところに魅力を感じているのだろう。
「いいとこだよ、ってことかな。全体的に俺はいいんじゃねえかな、と思うよ」
 岩瀬さんの「いい」は存分にうかがえた気がする。何よりも食べ物はうまい。
「うまい、うまい、うまい」
 この点は間違いなさそうだ。
 休みの日には小学校以来の友人と地域の奉仕作業に汗を流す。あの日、庭で恐竜を仕上げたように、生まれ育った地を直し、いたわっている。そんな作業のようにも見受けられた。
 久我原は川に包まれた地域。川は今も流れている。枝分かれし、また一つになり、風景を形作る。流れる水や棲む魚は変わっても、変わらないものはある。

岩瀬満治

建築業。
千葉県大多喜町出身。
16歳から21歳まで東京に出るが、大多喜に戻る。久我原在住。

TOP