ATERA PEOPLE 01
チーズ工房【千】柴田千代さん
「未来を作る食べ物」をつくる
千年先を見据えたチーズ!?
千年メダルという歌がある。恋人に「千年じゃ足りないか/できるだけ長生きするから」とうたう歌。千年という言葉は果てしのない長さのことでもある。永遠ではなく、ほぼ永遠。それをあえて千年と区切ってみせたあの歌のロマンチックさに私たちはかつて憧れ、酔いしれた。千年を誓う覚悟の重みに心震える思いをしたのはずいぶん後になってからだった。大多喜には千年先を見据えてチーズをつくる人がいる。柴田千代さん。千年という名前を持つ女性だ。
大多喜に「チーズ工房【千】sen」現る
チーズ職人になろうと決めた理由
明るく、情熱的で、話し好き。柴田さんに共感して【千】に集う仲間たちは、チーズだけでなく彼女自身のファンでもある。もともと料理が好きで、調理師を夢見ていた。そんな女子高校生がある本と出会って衝撃を受ける。文字通り人生が変わるくらいに。『買ってはいけない』。200万部超を売り上げ、当時も大きな話題を呼んだ一冊だ。食品加工には人間の健康よりも利便性と保存性が優先されるという趣旨の記述にショックを受け、そのために加えられる食品添加物に不安を感じた。そこで「自分はどうすればいいのか」「未来のためにできることはなにか」と考えをシフトできることが、そもそもの彼女の大きな才能だろう。添加物のない保存食品とは何かという答えを柴田さんは発酵食品に求めた。
「昔から食べられているものなら、今後も食べ続けても害はないと考えました。発酵食品は保存も利く。技術が進めばさらなる長期保存も可能になるかもしれない。かつ単体で栄養価が高いものがいい。もちろんおいしいもの。みんなが笑顔になれるものーー。そうやって自分なりの分析を重ねた結果、1位がチーズだったんです。やったぁ、大好き!と思って(笑)。それでチーズをつくる職人になろうと決めました」
生きた菌から生まれるチーズを届けたい
その後乳製品加工のある東京農業大学に進学。徹底してチーズ職人になるための知識と実践を学んだが、卒業後すぐにそれを生かせる仕事はなかなかなかったという。ようやくたどり着いたのが北海道にある「共働学舎新得農場」。フランスの伝統的なチーズをつくる農場だが、実はこれは日本では数少ない取り組みだという。日本で一般的に売られているプロセスチーズは加熱処理が施されているため乳酸菌はすでに死滅しているからだ。けれどフランスでは生きた乳酸菌を発酵させてつくるナチュラルチーズの文化が進んでおり、菌は牛乳からチーズに姿を変える間も、食卓に並ぶその時も、私たちがそれを口に運びまさに味わっている最中も、生きている。日本では残念ながら生乳への殺菌が義務付けられているが「千」では乳酸菌や酵母を細かく調合して牛乳に命を吹き込んでいるため、香り豊かな深みのあるチーズが多い。
自分にしかできない仕事と生き方
共働学舎での修行を経た後に渡仏し、さらに本場で腕を磨く。帰国後は開店資金を貯めるためのアルバイトをしながら、理想の地を探していた。無殺菌乳を扱う以上、何よりも大切なのは鮮度だ。究極の理想は牛舎の隣。さもなくば牧場の中。さすがにそれは現実的ではなかった。が、なんと“牧場の隣”という願ってもない場所が見つかったのだ。そこが大多喜という場所だった。
「どんなチーズをつくりたいかがもちろん大前提なんですけど、どんな工房をどう運営していくかということにも最初から明確なビジョンを持っていました。それが『女性ひとりでもやっていける家業であるということ。お母さんをしながらできる仕事であること。一生涯続けられること』の3つです。女性でも、田舎でも、ひとりでも、自分にきちんと技術があればやっていける。自分にしかできない仕事ができる。次の世代の子どもたちに食べ物としてのチーズはもちろん、ひとつの生き方としてのロールモデルも示せたらと思いました。そのビジョンにこの場所はぴったりだったんです」
人と人が集まって発酵する場所でありたい
チーズ工房【千】では年に1度、子どもたちのための寺子屋を開いている。昨年は牧場見学、モッツァレラチーズつくり体験、きのこの授業の三部構成でイベントが行われた。
「子どもたちに見てもらいたかったのは生き物の姿です。牛、微生物、菌。私を含めたそれぞれの専門家が普段どんな仕事をしているのか。牛乳は、チーズは、きのこは、どうやって私たちの食卓にやってくるのか。イメージを具体的な形で見る、そして自分でもやってみる。そうして初めて興味が湧くと思うんです。選択肢を広げて、好きなことのプロフェッショナルになってほしいから」
仕掛けはそれだけに留まらない。母屋で鼓のコンサートを行ったり、無数のキャンドルがきらめくレストランに仕立てたり。ヨガや整体教室の会場になることもあるし、マルシェやイベントに【千】が出店することもある。親交のある生産者がつくった信頼できる商品は工房で販売もしている。
「発信していくことは発酵と同じだと思うんです。コミュニケーションが場を成熟させていく。人と人が集まって微生物のように発酵し、チーズのようにおいしくなる。それが理想ですね」
千年先の未来と今日は確実につながっている。柴田さんの歩む道然り。私たちひとりひとりのそれも、きっと。大切な存在にこれからの千年を誓う。そんな今日を暮らすことができたら、きっと、とても素敵だ。
柴田千代
チーズ工房【千】店主。
千葉県富里市出身。エアフランス航空の整備士だった父に連れられ、小学校5年生で初渡仏。チーズのおいしさに感激する。18歳でチーズ職人を志し、大学卒業後は北海道とフランスでの修行。2014年、大多喜に【千】をオープンする。営業は毎月第一日曜日の11時~17時。
チーズ工房【千】
〒298-0231 千葉県夷隅郡大多喜町馬場内178
0470-62-6345
http://fromage-sen.com











